2011年10月1日土曜日

8・15反「靖国」行動報告

 例年の8・15行動で、当日にそれぞれの行動をやっていて、エールの交換はできても、
なかなか一緒に行動したり、そのことについてゆっくり話す機会がもてない、反「靖国」
行動をやっている仲間とじっくり話してみよう、という趣旨で、7月30日に「それぞ
れの8・15行動 これまでとこれから」と題して、実行委としては久しぶりに前段集会
を行った。

 そこでは「許すな!靖国国営化8・15東京集会実行委員会」、「『平和の灯を!ヤスクニ
の闇へ』キャンドル行動実行委員会」、「日本戦没学生記念会(わだつみ会)」の高橋武智
さん、「靖国解体企画」、そして私たちの実行委員会がそれぞれの歴史やこれからの行動、
日頃の思いなどを話し合った。討論時間が足りなくて、出てきた課題などを十分に討議
することができなかったのは残念であるが、問題意識を共有できただけでも有意義な集
まりだった。

 そして、8月15日当日。去年と同様の猛暑日のなか、東京・水道橋の「在日本韓国
YMCA」に加納実紀代さんをお迎えして、「原爆・原発・天皇制」ということでお話い
ただいた。その後、各団体からのアピールのあと、デモに出発した。

 例年のように靖国神社の近くを通るデモで、いつも靖国通りに出ると右翼の妨害が多くな
るので緊張するが、今年はYMCAを出た白山通りから、執拗に右翼がデモ隊に対して
攻撃をしかけてくる。それに対抗する警察も、どんどんデモ隊を囲い込む(挟み込む)よう
になり、右翼の街宣車の大音量に、私たちの声はかき消されてしまう。去年も九段下交差点
付近に陣取っていた在特会をはじめとする「行動する保守」や「ネット右翼」は、今年は
私たちのデモを妨害するために、警察との交渉によって彼ら専用の区域を提供され、その場
からここに書くのも憚られる言葉を吐き続けるのだ。このほか、右翼による私たちへの
攻撃は常軌を逸したものが多く、またそれをかばうような警察権力に対しても怒りがわく。
こういった右翼・警察の行動を糾弾すべく、実行委では「声明」を出したので、ぜひ参照
していただきたい。

 ここのところ、権力の側が「極左」「過激派」と特定した団体が主催するデモに
ついては、かなり執拗な弾圧が続いている。それも、右翼に殴られたりしても、それを
助けようと思った人が捕まる(右翼はおとがめなし)、長いデモの途中のどが乾いて
コンビニに寄って、隊列に戻るときに逮捕される、など弾圧のための弾圧である。私たちの
権利であるデモを楽しむどころのはなしではないのだ。こういう状態を恒常化させては
ならないし、私たちが違った方法を編み出していくことも必要だろう。
来年のデモに向けての創意工夫を、今からみなさんも考えてみてください! 
(N)
 

2011 8・15反「靖国」行動【賛同者からのメッセージ】

●呼びかけ文に賛同――いうことなし!
●アキヒトも税金から収入を得ている公務員である。
アキヒト・政府の靖国についての姿勢は日本国憲法違反であることを
明らかにすべきである
●毎年の企画ご苦労様です。一度当日の行動に参加したいと
思ってはいるのですが…、妨害勢力に屈せず頑張ってください。
●原発事故が発生し継続中だというのに、原発を批判した芸能人が干され、
事故前に原発の宣伝に荷担していた芸能人が今もテレビに出ている日本って
何なんでしょうね
●宗教に無関心=無知の人が多いこの日本では反靖国の意味がなかなか
分かってもらえません8・15集会で反靖国の訴えをよろしくお願いします
●8・15反「靖国」行動に賛同いたします
●閣僚の交代の度に認証式で天皇が出てくることに嫌悪感を感じています!
●3・11以後、状況は一変しています。見極めが必要ではないか?
●「日の丸・君が代」の「合憲」判決が続いています。
「ゴメンだ!」の取り組みはこの国の民主主義の試金石とも言えそうです
●参加する体力はありませんが、賛同
●天皇の被災地「巡幸」に疑問の一言もないマスコミ。
「日の丸・君が代」強制反対の裁判をバーゲンセールのように相次いで
「棄却・敗訴」の処理をする最高裁、「原発安全」と同じ呪縛を解放していこう
●未だ収束しない原発事故。電気(=金!?)は命より大事なのか…
●菅前首相のことは就任直後に見限っているが、菅前首相のことを
いま声高に批判している連中の大半も同じ穴のムジナにしか思えない
●天皇制でない日本人がいること、それが天皇制でない日本があることなのだと
思っています。未来が天皇制にないことは歴然としています
●「君が代」の強制は思想・良心の自由に反するというような、
天皇制憲法秩序を前提とした運動には限界を感じる。
天皇制の者を標的にすべきと思う。
●震災を契機に見えてきたこと多々ありますが、
"これを機会に"という意図の見えるものも多々あります。
ここで変に行動を変えてしまうわけにはいかない
●今年は一つのベールが、まるで、かさぶたがはがれるようにはがれた。
幾十にも重なったベールが、次第にはがされていかねばなるまい
●残念ながら8・15には参加できませんでした。遅くなりましたが賛同です

   【実行委から一言】
■今年は久しぶりの前段集会をもち、8・15もなんとか無事終了。
たくさんのご支援とご協力、ありがとうございました。
黒字会計です。これでこれまでの赤字を解消できます。
■集会とデモを普通に持つことすら困難な事態となった天皇制の社会には、
これからもたくさんの人びとと一緒に力強く異議申し立てしていきたい。
これからまた少しの充電期間をおき、かならず次の行動(2・11)
を呼びかけます。そのときにはまたご一緒に! (大)

2011年8月31日水曜日

動画(2)――国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8.15反「靖国」行動

右翼の暴力とそれを野放しにする警察

デモグッズを強奪する右翼とその暴力行為を野放しにする警察

動画(1)――国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8.15反「靖国」行動

8.15反「靖国」行動に右翼がナイフ、証拠隠滅する警察?



襲撃してきた右翼が落としたと思われる刃物を公安刑事が拾いあげ自分のカバンに収め証拠隠滅?
この公安刑事は「黙ってデモをしろ」と恫喝をかけてくる。

2011年8月28日日曜日

8.15反『靖国』行動に向けられた弾圧を許すな! 右翼による私たちへの 攻撃、暴行や傷害を糾弾する!

私たち「国家による『慰霊・追悼』を許すな!8.15反『靖国』行動」は、今年も、天皇制に反対し、靖国神社に代表されるような国家による死者の「慰霊・追悼」を批判する行動を行なうことができました。
 しかし、本年の行動は、これまでよりもさらに激しい弾圧や攻撃にさらされるものでもありました。そのことの内実を広く明らかにするとともに、こうした事態をつくりだした権力機関や団体・個人を厳しく糾弾せねばなりません。
 天皇制を批判したり、その戦争責任や侵略責任を問う行動は、これまでも公安警察や機動隊による過剰規制に加え、右翼勢力の攻撃にさらされてきました。最近は、こうした右翼勢力に、もっぱらインターネットで流布される虚言によって妄動する「ネット右翼」、そして彼らを現実の場に動員している「行動する保守」を名乗る右翼グループが加わり、私たちや友人たちの行動への妨害や嫌がらせはさらに醜悪なものとなっています。
 今回のデモのさなかに、私たちの行動に対し、襲撃する側が持ち込み、押さえられたとき落としたと思われるナイフが見つかっています。
 私たちは、これまで20数年の長きにわたり、8.15の行動を持続してきました。
 右翼たちの私たちに向けた「殺せ」「殺す」という脅迫的煽動は、「街宣右翼」や「行動する保守」「ネット右翼」たちが相互に顕示を競う中でエスカレートしてきました。しかし、今回ナイフが持ち込まれたことは、デモの参加者に対する、具体的な殺人/傷害が狙われていたと考えるしかありません。これは、右翼たちの行動の最悪の方向への転換の画期を示すものです。
 これに対する、警備・公安警察が実施した「警備」の体制はひどいも
のでした。それは、私たちの行動を抑え込むばかりか、「街宣右翼」「行動する保守」や「ネット右翼」たちにやりたい放題を許すものでもあり、私たちの行動に参加した人々の身体を、彼らの暴力行使による直接的な危険にさらさせるものでした。
 以下に、その具体的な実態を示します。

★右翼団体構成員による暴力
警察は、デモコース最初の、上下4車線の白山通りを封鎖し、驚いたことに上下線の歩道寄りの車線にずらりと右翼の街宣車を配置させました。特に危険だったのは、居並ぶ右翼の街宣車の間から、ひっきりなしに右翼団体構成員が私たちを襲撃してきたことでした。
 この激しいもみ合いの直後に、白山通りから靖国通りに向かう半ばで、デモ隊の歩いている路上にナイフが落ちていたことが、多くの参加者によって確認されています。これは、襲撃者が割って入った機動隊員に取り押さえられた際に、落としたものとしか考えられません。
 脇を歩いていた私服の公安警察官は、この「証拠物」を、何食わぬ顔で拾い上げ自分のバッグに収めてしまいました。このとき襲撃犯が逮捕されたのかどうかすら、現段階では不明のままです(この一部始終は、私たちにより現認され撮影されています)。
 警察は、この事件をなかったことのようにしたいのでしょうか。目前で不法な暴力行為が展開されている以上、警察は、この右翼によるテロ未遂事件の事態の一部始終を厳しく捜査し、襲撃犯の背景、その後の対応について明らかにする義務を有しています。
 右翼は、中身の入ったジュースなどの缶を私たちめがけて投擲してき
ました。これにより身体に打撲傷を受けた参加者も何人もいました。これが顔や頭部などにぶつけられた場合は、その被害は深刻です。これについても、警察は積極的に捜査を行う義務があります。
 右翼による襲撃により、宣伝カーは蹴られ、叩かれ、横断幕・バナーやパペットなどはデモ行進の開始直後から終了するまで攻撃を受け続け、強奪などもされました。右翼構成員は、大量な機動隊や公安警察官にほとんど規制もされずデモに併進し、暴行や罵声を浴びせ続けたのです。

★「右翼」に対する警察の優遇措置
 警察は、在特会に代表される「行動する保守」や「ネット右翼」のデモに対する妨害のための、彼らとの「ボス交渉」に積極的に応じ、わざわざ公道である歩道や車道の一部を空けて彼ら専用の区域を提供しました。彼らはこうしてしつらえられた安全な空間から、差別と排外主義にまみれた醜いヘイトスピーチを繰り広げたのです。彼らによるヘイトスピーチは、直接的な暴力をほしいままにする右翼団体と、まさに対をなし、暴力を助長するものです。
 右翼によるこうしたヘイトの行動は、多くの国や団体・個人から、国際的にも強く批判を受けているものです。民主主義を標榜する日本のような国家において、警察がむしろこれを助長するような体制を取ることは許されるべきではありません。

★警察によるデモへの弾圧態勢
 私たちのデモは、左右を街宣車と警察車両によって狭められた車線を、さらに戦闘服の右翼団体構成員と装備した機動隊の列にサンドイッチ規制される形で進ませられました。これは、私たちのアピールが右翼街宣車による圧倒的な騒音によりかき消されることを目的とするものでした。
 私たちのデモ行進が、機動隊によって強く規制される一方で、歩道や車道を並行して歩く私服の公安警察官や制服警官は、右翼団体構成員が私たちに暴行を働くのを積極的に制止しませんでした。警察は右翼に自由に行動させたため、その突進に翻弄され、ぶざまに混乱した警備体制を糊塗するため、むしろ機動隊は私たちの行動への規制を強めたのでした。その経過で、右翼や機動隊員に突き飛ばされ、転倒させられた人も多くいました。
 そして、そのような中でも、大量に動員された公安警察官は、ただただ私たちへのビデオや写真撮影などに励んでいたのです。

 私たちは、こうした日本社会における現実を、日本社会、さらに国際的にも広く知らしめることを希望します。民主主義を標榜し、日本国憲法において思想や表現の自由が保障されているにもかかわらず、現実の社会において、実質的にこれを行使することが不可能ないし困難な状況にあることに注目されねばなりません。
 また、インターネットなどにおいては、天皇制や靖国神社などへの批判、外国人やマイノリティの権利の主張を行なう意思表明すら、右翼勢力の執拗な攻撃にさらされ、発言を封じられることもたびたび起きています。
 こうした、直接的・間接的な暴力を含む攻撃が、どのような政治的・社会的立場やイシューに向けられているかは明らかです。右翼組織や「行動する保守」「ネット右翼」などのそれぞれの背景は、政治団体や暴力団、宗教団体、その他の挑発者グループ、なによりこの社会を覆っている差別・排外主義的な政治環境などさまざまですが、この間、彼らにとっての共通の「敵」をしつらえ、実質的に合流した行動をとることが繰り返されています。
 こうした状況は、社会や経済の破綻から「失われた20年」と呼ばれる最近になって、ますます明白に露呈していることです。排外主義は、人間が使い捨てにされ、生をめぐる競争に駆り立てられ、社会的に分断されるところに浸透しています。これは、社会全体が徐々に威圧的となり、軍事的色彩を強めている歴史的時間の中で、いままさに進行している事態です。
 私たちは、今回のような警察・右翼一体となった攻撃を強く糾弾します。すべての皆さんがこうした事実を認識し、右翼の暴力や、それを理由とした警察権力の不当な規制をゆるさない声を、それぞれの場で上げていただきたいと思います。

2011年8月26日
国家による「慰霊・追悼」を許すな!8.15反「靖国」行動





左上から:右翼が襲撃時に落としたナイフを私服公安警察が何食わぬ顔で拾い上げ自分のバッグに収める。左下写真、公安警察の左腕に警視庁の腕章が確認できる。

右:デモへの襲撃を繰り返す右翼。

 画像(1)――8・15反「靖国」行動 




左上から:右翼が襲撃時に落としたナイフを私服公安警察が何食わぬ顔で拾い上げ自分のバッグに収める。左下写真、公安警察の左腕に警視庁の腕章が確認できる。

右:デモへの襲撃を繰り返す右翼。

2011年8月17日水曜日

8・15反「靖国」行動  集会宣言文


2011 国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8・15反「靖国」行動 集会宣言文


 今年(2011年)の3月11日におきた地震・大津波、そして終りなき原発事故は、日本列島に住む多くの人びとに、社会・国家の決定的な転換が促されているという実感を、持たせているだろう。これが、戦後象徴天皇制国家が推進した経済成長至上主義の悲惨な帰結であることは、あまりにも明らかである。東北を中心とする、破壊された多くの人びとの生活の再建を願わない人間はあるまい。しかし、その復興が、震災前そのままの成長至上主義への回帰であってよいわけはない。

 しかし、天皇アキヒト一族がくりひろげた被災者(地)への「慰問」と「鎮魂」のパフォーマンスは、支配者たちの、単純な「回帰」のための政治であった。なぜならそれは、原発推進(経済成長)主義路線の責任を不問にするための「慰問」と「鎮魂」であったからである。

 私たちの8.15行動は、今日の「原発大国」日本をつくりだした政治家・中曽根康弘が、原発マネーをテコに首相に登りつめ、靖国神社の公式参拝をした1985年にスタートしたという事実を、まず想起しよう。実行委員会は、その参拝に強く抗議するために作り出された。私たちは、このときの運動について、当時、以下のように整理している。

 「中曽根行革は『軍事費GNP比1%枠』の突破、行革、臨教審、靖国神社への参拝強行、東京サミット開催など、いわゆる『戦後政治の総決算』路線を推し進めています。戦後アリバイ的に掲げられてきた『平和主義』の看板さえひきおろして、戦争のできる国家へと国是を転換させようとする攻撃です。中曽根は7月27日の自民党軽井沢セミナーにおいて、『国家が戦没者を慰霊しなければ誰が国のために喜んで命を捧げるか』と発言しました。靖国神社呼応し気参拝は、現在の国家の名において過去の侵略戦争を『聖戦』と美化し、侵略の尖兵として死んだ『天皇の兵士』を英霊と讃えるものであると同時に、再び民衆を侵略戦争に動員し、喜んで国―天皇のために命を捧げようとするイデオロギー攻撃にほかなりません。/中国をはじめとするアジアの民衆は、中曽根がA級戦犯のまつられている靖国神社を公式参拝したことに抗議して、厳しい批判を加える大衆行動に決起しました。我々もまた、さらに声を大にして、天皇の権威を前面に押し出した侵略賛美・国家総動員のイデオロギー攻撃と対決してゆかなくてはなりません」('86「天皇在位60年式典」粉砕実行委に向けた呼びかけ文より)。

 ヒロヒト天皇の時代からの私たちのこの反「靖国」のスタンスは、政府主催(天皇参加)の「戦没者追悼式」へその批判を拡大し、アキヒト天皇の代になり、日本が派兵国家化してしまう時間の中においても、不変であった。

 〈3.11〉の激動は、私たちのこのスタンスに、変更を迫るものであったか。否、まったく否である。。
 私たちは、このスタンスに、さらにかつてはそれほど自覚的ではなかったスタンスを重ねることを、今日、個々で確認したい。それは、「天空にかがやく太陽」と天皇を讃えた中曽根政治が、戦後の原発(核の平和利用)大国日本をつくりだしてしまったことの責任、この戦後に新たに生まれた〈責任〉を、国・政府・天皇に問い続けるというスタンスである。

 私たちは、天皇制(国家)の植民地支配・侵略戦争の責任を問い続け、さらに現在の派兵・軍事国家化、象徴天皇制(国家)の原発大国化推進の〈戦後責任〉を問い続ける。私たちはこうした運動を通じて、現在の「反原発」の動きに合流していくことを、ここに宣言する。

2011年8月15日

2011年7月27日水曜日

国家による「慰霊・追悼」を許すな! 8・15反「靖国」行動

        ★2011年8月15日

国家による「慰霊・追悼」を許すな!8・15反「靖国」行動

天皇アキヒトは、東日本大震災にあたってマスメディアを通して「ビデオメッセージ」を流し、関東の避難所を皮切りに、東北三県の被災地 をまわって、被災者の「慰問」と死者の「鎮魂」をおこなってみせた。

その姿に「感激」する地元の人たちの映像も繰り返し流された。


天皇の行為は、それが天皇の行為である限り、批判や疑問の声など始めから存在しないかのように扱われる。ただただ、ありがたく気高い「無私」の行為とし て賛美されるだけだ。しかし、天皇のこうした行為は、現実の政治のひどさを隠蔽し、抽象的で漠とした「日本」なるものの共同性に、被災者をふたたび包摂・ 回収していく行為にしかなりえない。そのことによって、人びとの具体的な悲しみや怒りは心の深い部分に押し込められ、大文字の「日本」は無傷のままで回復 されるのだ。そしてそれは、歴史上そうであったように、「復興」の掛け声のもとで現実に進行する、被災者の切り捨て=「棄民」という現実を、覆い隠す役割 をはたすだろう。


この意味で、8月15日を中心として行われる天皇の「慰霊・追悼」と今回の一連の天皇の行為はつながっているといわねばならない。


「全国戦没者追悼式」において発せられる天皇の「おことば」は、一貫して「かつての戦争」の死者に思いを馳せ、彼らの「尊い犠牲」によって、現在の日本 の「繁栄」が築かれたのだというロジックで貫かれている。3.11以後、原発事故はいまだに進行中であり、それを収束させるためだけでも、さらに多くの人 びとの生命を、危険に晒さざる を得ない。そもそも原発自体が「犠牲」を要求せざるを得ないシステムなのだ。こうした、新たに生み出される「尊い犠牲者」をも、震災後の「復興」のための 礎として、天皇は顕彰することになるのだろうか?


われわれは、3・11以後の現実において、あらためて登場している天皇制を撃ち、国家による、あらゆる死に対する意味づけを核とした、8.15の「追悼 空間」=全国戦没者追悼式と靖国思想──新しい国立の無宗教の追悼施設、あるいは千鳥ケ淵拡充という方向性も含めて──の解体に向けた行動に、今年も取り 組んでいきたい。多くの方々の参加を強く訴える。



★日時:8月15日(月)開場:12時45分午後1時開始
デモ出発:3時30分(予定)

★場所:在日本韓国YMCA9階ホール(JR水道橋駅下車)


★お話:加納実紀代さん「原爆・原発・天皇制」 


主催★国家による「慰霊・追悼」を許すな!8・15反「靖国」行動

呼びかけ団体★アジア連帯講座、国連・憲法問題研究会、立川自衛隊監視テント村、反天皇制運動連絡会、「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会、靖国・天皇制問題情報センター、連帯社、労働運動活動者評議会

2011年7月17日日曜日

★7月30日(土)  8・15反「靖国」行動プレ・討論集会


それぞれの8・15行動 これまでとこれから



8・15がやってくる。例年そうであるように、あたりまえのようにやってくる。首相の靖国参拝や右翼の大暴れ。そのことで強化される警察の弾圧。げんなりするような新たな課題を抱えて8・15は毎年やってきた。今年も、3・11以降の東北の人びとの苦難と、この事態に無策と無責任を露呈する政府・東電・マスコミに歯ぎしりする状況のなかで、当たり前のように8・15はやってくるのだ。こんな事態にあって、国家は一体何を考えているのだ!?
一方で、そのように繰り返しやってくる8・15に対して、問題であると声をあげる少なくない人たちが存在し続けている。「玉音放送」なる、天皇(当時)ヒロヒトの「終戦」メッセージをラジオ放送した日を「終戦記念日」とするこの社会の歴史認識を、この日に 多くの「日本人」が繰り出す靖国神社の問題を、天皇参列と「お言葉」を欠かさない国家をあげた「全国戦没者追悼式」の問題を、直感的におかしいと感じとる人びと、長年の行動をとおいて確信を持ち、そのおかしさを伝えようとする人びと。これらたくさんの人びとがつくり出してきた8・15行動の歴史があるのだ。
私たちは今年、そんな人びとのほんの一部であるが、毎年アピールの交換をしたり、なんらかの共闘を模索したり、デモですれ違ってエールを交換した人たちと、それぞれの8・15への問題意識や行動の目的、作り方への模索など、交流できるような討論集会を持ちたいと呼びかけあった。それぞれがあたりまえに行動の歴史をもっているにもかかわらず、8・15という限定された日程のために、交流そのものがなかなか実現してこなかったのは無理もない。だがそれはもったいないことである。
この困難な時代に、それでも8・15を課題として何らかの行動を考える多くの仲間が寄り合い、問題の所在や行動の今後について意見交換をし、またそれぞれのこれからの8・15行動にフィードバックしていく。そんな集まりを参加者ともども作りだすことは、きっと私たちの力につながる。討論への参加とともに、情報や問題意識を共有するための交流の場としてもたくさんの方の参加を呼びかけたい。8・15を迎え撃つための前段討論集会へ、ぜひ!

日時:2011年7月30日(土) 開始18:10

会場:ECOとしま(豊島区生活産業プラザ) 多目的 ホール(各線池袋東口下車徒歩7分)

■DVD上映:「靖国中毒」(予定)
■発言・問題提起(予定):
第38回許すな!靖国国営化8・15東京集会実行委員会/靖国解体企画/
「平和の灯を!ヤスクニの闇へ」キャンドル行動実行委員会/
アンポをつぶせ!ちょうちんデモの会/8.15反「靖国」行動実行委、

主催:国家による「慰霊・追悼」を許すな!8・15反「靖国」行動


呼びかけ団体: アジア連帯講座、 国連・憲法問題研究会、 立川自衛隊監視テント村、 反天皇制運動連絡会、 「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会、 靖国・天皇制問題情報センター、 連帯社、 労働運動活動者評議会

2011年7月9日土曜日

★2011 8・15反「靖国」行動へのよびかけ

3月11日に発生した東日本大震災とその後の大津波は、多くの死者・行方不明者を出した。そして、それに続く東電の福島原発事故は、この社会が自明のものとして突き進んできた戦後の経済成長至上主義の帰結を、悲惨なかたちであらためて露出させた。
破壊された多くの人びとの生活は、一刻もはやく再建されなければならない。そのためには、全面的な補償と生活支援が必要なことは言うまでもない。被災者が生きてきた場所である被災地の復興が、切実な願いであることは確かである。だが、そこで復興されるべきものが、震災前のシステムへのそのままでの回帰であってよいはずがない。
天皇アキヒトは、今回の震災にあたって「ビデオメッセージ」をマスメディアを通して流し、関東の避難所を皮切りに、東北三県の被災地をまわって、被災者の「慰問」と死者の「鎮魂」をおこなってみせた。そしてそれを歓迎し、その姿に「感激」する地元の人たちの映像が、繰り返し流された。
政治家が現地を「慰問」しても、冷やかにしか迎えられないというのに、天皇・皇族がこのように歓迎され、あるいは、こぞって歓迎されているとしか報じられないのはなぜなのか。天皇は、憲法上、国家のひとつの機関にしかすぎない。しかし、それは現実の政治から超越し、非政治的で文化的な、そしてある種「高貴」な存在であるとまったく無根拠に信じられている。天皇家に最大限の敬語を使ってその行動を報じるマスメディアも、人びとの感覚をまた無意識のうちに組織していく。天皇の行為は、それが天皇の行為である限り、批判や疑問の声など始めから存在しないかのように扱われる。ただただ、ありがたく気高い「無私」の行為として賛美されるだけだ。
天皇のこうした行為は、しかし、そのようなものであることによって、現実の政治のひどさを隠蔽し、抽象的で漠とした「日本」なるものの共同性に、被災者をふたたび包摂・回収していく行為にしかなりえない。そのことによって、人びとの具体的な悲しみや怒りは心の深い部分に押し込められ、そして大文字の「日本」は、無傷のままで回復されるのだ。
この意味で、われわれは、8月15日の天皇の「おことば」なるものに注目せざるを得ない。
この日、毎年行われる「全国戦没者追悼式」において発せられる天皇の「おことば」は、一貫して「かつての戦争」の死者に思いを馳せ、彼らの「尊い犠牲」によって、現在の日本の「繁栄」が築かれたのだというロジックで貫かれてきた。もちろん、戦争の死者たちは、敗戦ののちの復興を念じて死んだはずがないのだから、こうした立論は欺瞞である。しかしそれだけではない。3・11以後の現実は、そうした戦後日本の「繁栄」なるものが、いかに現実の悲惨を覆い隠した砂上のものにすぎなかったかということを、露骨に示してしまった。すでに「戦後の繁栄」など、無条件に謳い上げることはできないのだ。そのとき、アキヒト天皇は、どのような新たなことばを発しうるのか。
「震災復興援助における自衛隊の活躍」が喧伝されている。天皇の被災地慰問において自衛隊機が使われていることも、もはや隠されることはない。天皇と自衛隊が、この「危機」にあってフルに稼働しているかのようだ。しかし、被災地に入った自衛隊員にも死者は出ている。さらに原発事故はいまだに継続しているのであり、それを収束させるためだけでも、さらに多くの人びとの生命を危険に晒さざるを得ない。 重層的下請け構造のもとで、原発関連の労働者の生命は序列化され、過酷な被曝労働に追いやられていく層は、今後も確実に増加していくだろう。原発事故は、「お国のための尊い犠牲」を要求せざるを得ないシステムなのだ。こうした、新たに生み出される「犠牲」をも、震災後の「復興」のための礎として、天皇は、顕彰することばを吐くことになるのか。
もちろん、その全てにほおかむりをし、過去の戦争の死は過去のこととして、現在と切断して語ることもできるだろう。しかし、そうであるなら、過去の戦争で死んだ彼らは、なんのための死者として称揚されることになるのだろうか。
しらじらしくも、天皇のことばが従前通りのものであったとしても、この夏に向けて死とその「意味づけ」をめぐる政治的な言説は大きく展開されていくはずである。われわれは、こうした新たに生じるであろう言論状況をも繰り込みつつ、国家による、あらゆる死に対する意味づけを核とした、8・15の「追悼空間」=全国戦没者追悼式と靖国思想――新しい国立の無宗教の追悼施設、あるいは千鳥ヶ淵拡充という方向性も含めて――の解体に向けた行動に、今年も取り組んでいきたい。実行委員会への多くの方々の参加と賛同、そして協働を強く訴える。

国家による「慰霊・追悼」を許すな!8・15反「靖国」行動



【呼びかけ団体】 アジア連帯講座、 国連・憲法問題研究会、 立川自衛隊監視テント村、  反天皇制運動連絡会、 「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会、  靖国・天皇制問題情報センター、 連帯社、 労働運動活動者評議会